清水俊ニのプレイバックと小鷹信光のコンチネンタル・オプ
今日は2025年5月22日(木曜)。
個人の翻訳事務所ヒノトリホンヤクの本店がある東京都日野市の天気は、曇りから晴れ。蒸し暑いです。いま28℃ですが、火曜日から暑い日々が始まっています。
ところで、衣替えの準備をしていたら古いミステリの文庫本が何冊か部屋の隅から出てきました。出てきましたというか私が偶発的に発掘したのですが。
いずれも20年以上前に入手した本です。買った頃は会社員で、翻訳業界のひとに自分がなるとは思ってもみませんでした。 人生は先が読めません。 設計できるようなものだと思ってはいけないですよ。
ふーん……。
昔はそういう、翻訳業界でも徒弟制度みたいなのが健在だったんですね。
現代では、芥川賞・直木賞の候補でも顔出しNGなくらいです。 言ってはナンですが、昭和というのは息苦しい時代でした。
(本気で書いています。からかってません)
うしろの物を入れるところをあけて、タイヤを替えるときに使うジャッキを取り出した。それから、前と同じように気をくばりながらーーいや、さらに慎重に気をくばりながら、私の部屋へ戻った。
I unlocked the trunk and got out a tire iron. I went back to my room as carefully as before–even more carefully.
マーロウはこの後、部屋で待ち構えていた敵(拳銃持っています)をこのジャッキで手頸をなぐりつけることで倒してしまうのですが……
これも「なんか変だな」と思っていました。(お忘れですか? 個人の翻訳事務所ヒノトリホンヤクの代表–私のことですけど–は、自動車メーカーに30年勤務したものですよ)
タイヤ交換用の鋳物のスプーンというかクロウバーを使ったのです。 ジャッキじゃありません。
顔を見るとモーコ人種のようでもあり、
There was something Mongolian about his face
これは案外、モンゴルという言葉に当時は制限がかかっていたのかもしれません。
さすがにこれは旧い!という訳語はほとんどないようです。(1990年代といったら昭和も終わってますからね。そりゃそうでしょう。)
翻訳業で生活している者としては、こうなると「訳者あとがき」と「訳者略歴」が気になります。 この文庫本を買った当時は、自分がこういう職業につくとは考えもしなかったです。
訳者あとがきでは、「ハメットと乱歩の生誕100年だ」ということが書かれています。そういえば、この短編集の中の「放火罪および…」(面白い短編小説です)は、今から100年前に発表された小説です。今というのは、2025年のことです。
すごい。
訳者あとがきでは、鋭いことが指摘されています。
江戸川乱歩はハメットなどのハードボイルドミステリがほとんど好みでなかったようだとのこと。小鷹信光氏は、「生誕から100年経った乱歩とハメット、これからも読みつがれて作品が未来でも生きているのはどちらだろうか」という意味のことを書いています。
この同時代性を超越した作家という概念は、非常に重要で非情なものです。時の流れは残酷です。
江戸川乱歩もハメットも、2025年になっても読まれていると思います。
小鷹信光が過去に直接会ったとき、江戸川乱歩は早稲田大学ミステリクラブの名誉顧問として若手の中では大藪春彦を別格として激賞していたそうです。 ハメットには興味がなかったのに、江戸川乱歩もすごいですね。やはり個人的に会って会話しているというのは影響力が違うのでしょう。
ですが、悪いけど2025年現在、大藪春彦を読む人はかなり少ないでしょう。 申し訳ないが、同時代性を超越できる恵まれた作家というのはひとつまみのさらにひとつまみの上澄み、神に愛された者だけです。 「次作があるかもしれない」というのは、とても大きなファクターなのでしょう。
たしか、村上春樹の小説で「まだ生きている作家の作品になんてたいした価値はない」という趣旨のセリフがあったように思います。
あまり詳しい実例は列挙できませんが……。
実は、生きている間に評価された(ポピュラーになった。売れた。生活が成り立った)というだけでもその作家は偉大なのですが。 この世は無常ですね。
おっと、昔のアメリカの探偵小説(ミステリ)の翻訳について書いているつもりだったのに、いつの間にか作家の創作物と時間の話になってしまいました。
それは、話題が無常になるに決まってますよ。
2025年6月17日 追記。
上の段落で
さすがにこれは旧い!という訳語はほとんどないようです。(1990年代といったら昭和も終わってますからね。そりゃそうでしょう。)
と書きましたが、やはりふたつくらいありました。
その1:
卓子(たくし)
まあテーブルのことです。 卓子なんて、卓袱じゃあるまいし…。
同じ意味の「卓」なのでしょうが。 調べると、医療や看護や介護関係では「器械卓子」などは設備・道具の名称として現役のようです。
モノタロウ参照。
「電卓」とか「円卓会議」なんていう言葉も現役なので、死語呼ばわりしてはいけないのかもしれません。でも、いきなり「卓子」(たくし)と言われても、わかんないですよ。
テーブルでいいじゃないですか。
その2:
胴巻き(どうまき)
これは………古い。
ハメットが書いた原文にたどり着けなかったのですが、おそらく money beltでしょう。
コンチネンタル・オプがブラックジャックで殴り倒したならず者、彼の胴巻きから札束が出てきたのですが……。 どうにも古いですね。
これがmoney beltです。 ↓
https://www.nationalgeographic.com/lifestyle/article/best-money-belt-for-travel