本日は2021年4月6日(火)。 個人翻訳事務所ヒノトリホンヤクが営業している東京都日野市はくもりのち晴れ、最高気温14℃といったところです。
くもり…雲。雲といえば、クラウド。

翻訳業界には、コンピューター支援翻訳(Computer Assisted Translation)略称CATと呼ばれるツールがあります。猫ではないけどCATツールとして知られています。AIを使ったディープラーニングでビッグデータな機械翻訳のことではありません。もっと前からありました。AI以前の、一行読んだだけで「これは機械翻訳。言葉遣いがヘン」とわかる古典的な機械翻訳のことでもありません。 
機械ではなくコンピュータでもなく人工知能でもなく、生身の人間が翻訳をするのですが、コンピュータがその作業を支援して生産性を上げて同時に翻訳の品質も一定に保つという道具です。 一度翻訳した文章やローカライズした固有名詞をコンピュータが記憶して、人間が同じ文章を何度も翻訳し直したりせずに済むようになります。 コンピュータが過去の翻訳を提案してくれるので、表記のゆれ、訳語のゆれを抑制することもできます。


CATツールと言えば、TRADOSというのが定番です。 古い2000年代の調査によると、翻訳業界のCATツール使用者の世界で、TRADOSのシェアは75%くらいあったということです。
圧倒的なシェアだったわけですが、いくら翻訳者が供給過剰とはいえ、TRADOSに投資して翻訳業界で稼ぐ人の絶対数は多くはありません。だから、こういうプロフェッショナル用のソフトウェアはかなり高価でした。
実際2年前には、TRADOSの経験無しライセンスも持っていないと言うと、そこで商談打ち切りということもありました。
シンガポールの翻訳会社から、「ごめんなさいね、この仕事はCATツール(実際はTRADOSのこと)使わない素手の人間では納期的に成り立たないプロジェクトなのよ」と言われたこともあります。
履歴書と職務経歴書を提出する機会をいただけたので、それだけでもありがたかったのですが、CATツールのライセンスと経験が必須なら、そういうことは早く言ってほしかったです。
私も事務所を開業したとき(2017年のことです)は高価なCATツールを買うのは、投資を回収できるかどうかわからないから億劫だな、と思っていました。 

こういうTRADOSの公式ページを見ても、製品のバリエーションや契約形態が複数あって「つまり、いくら払えば使えるの?」という疑問に対する答えがなかなか見つかりません。 すごくイヤな感じです。
商用のプロダクツの値段なんて、そんなものなのかもしれませんけど。(ヒノトリホンヤクの翻訳料金だってWebにはっきりと書いてないじゃないか、おまえがいうな…という声が聞こえてくるようですが。 うちの翻訳事務所は商品やソフトウェアを販売している事業所じゃないのです。 TRADOSを開発している企業のような大手じゃないし。)
値段を知りたくてもなかなか見つからないので、「ここは私なんかが来る場所ではなかったのかもしれない」とそわそわして来ます。 ひとことで言って、一見さんお断り的なこわさがあります。
私はTRADOSの営業や広報を助けるつもりはないので、どれくらいの投資とコストが必要なのか、これ以上調べません。 興味のある方は自分で調べてください。
余談ですが、「自分で調査」は翻訳者の仕事の基本です。この商売は、ワイワイガヤガヤとチームで助け合って何かをつくりだすようなクールな世界ではありません。 コラボレーションとかシナジー効果とか人間力とかリーダーシップとかプロジェクトが完了したら打ち上げとか、そういうカッコいい世界が好きな人はフリーランス翻訳者とかではなく、他の職業を探した方がいいです。
それから、TRADOSが実は安価になっていたら、ごめんなさい。 そのときは認識を改めます。
また、TRADOSは重量級のアプリケーションらしく、性能の良いWindowsなPCがないと使いづらいという話も聞いていました。
高性能なPCは好きだけれど、私はMacBook ProのユーザなのでTRADOSが楽に動くWindowsマシンに更に投資するのはちょっと…。(macOSでも動かしている人がいるそうですが、もちろんサポート対象外です)
そんなこんなで色々と敷居が高かったCATツール(さりげなくTRADOSのことです)ですが、事情が変わってきたようです。

TRADOSのライセンスを持っていなくてもCAT(Computer Assisted Translation)ツールで仕事ができるようになってきました。 クラウドなプラットフォーム上で翻訳作業をする新世代のCATツールがそろそろ出てきたからです。 例えば下記のふたつです。

memoQ
https://www.memoq.com/ja

Memsource
https://www.memsource.com/ja/

私はmemoQはemailアドレスを登録してチュートリアル資料(PDFファイル)を入手したことがあります。 まだ使ったことはありません。 Memsourceは、取引先様から導入資料をいただきリンギストとしてサーバーに登録済みです。 残念ながらまだ実際に使ったことはありません。クラウド系の新世代CATツールは、翻訳会社がライセンスを購入すれば作業をするフリーランスは翻訳会社から与えられたライセンスを使ってクラウドプラットフォーム上で翻訳作業をすれば良いようです。
Webブラウザで翻訳プラットフォームにログインしてブラウザ上で作業をするか、無料で専用の作業用エディタなどをダウンロードして使えば良いです。 フリーランサーが高価なCATツール(まあ、TRADOSのことですけど)を買わないでも、使えます。 「こんな高価なCATツールを買ってインストールして仕事を受注できなかったらどうしよう。資本回収できないじゃないですか」と不安に思わないでも良いです。 
クラウドコンピューティングが進歩したことと、昨年(2020年)新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生して「オンラインで仕事をする」のがほぼ当たり前になったのが理由でしょう。
翻訳会社としてもクラウド上でオンラインプロジェクト進行管理ができるので、いいんじゃないかと思います。 私は短期間ですが翻訳会社さんでプロジェクト管理の修行をしたことがあります。 仕事を割り当てたフリーランサー(翻訳者、チェッカー)がどれくらいまで仕事を進めているか、納期に間に合いそうか、電話やemailで邪魔をしないでも管理できるのは助かるはずです。
但し、フリーランス翻訳者にもある程度のデメリットはあります。翻訳会社の指定のプラットフォーム上で作業をすることが求められることが多いので、いわゆる「身体を軍服に合わせる」ような行動変容は時々求められます。
MS WordとTRADOSがないと仕事ができない既得権益層のベテランの諸先輩の中には強い抵抗を示す向きもあるようですが…。 私も自分の生活があるので、既得権益層の方々に同情している余裕は正直いってありません。自分の師匠だったら話は別ですが、そういうわけではないので、共感しません。 お互い商売なので、フェアに競争しましょうよ。

話は変わりますが、昨年から字幕翻訳の仕事も増えてきています。映画やTV番組やBlu-rayディスクの字幕ではありません。 企業が事業用に制作するビデオの字幕翻訳です。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響で、企業の研修や教育・プレス発表会のあり方も変わってきたためでしょう。
簡単にいうとビデオでオンライン研修やオンライン発表会というのが増えているようです。
エンターテイメントであるフィルムやビデオやTV番組やCMだけでなく、企業が自分で作るビデオ(令和なスタイルの言葉を使うと「動画」)の字幕翻訳の仕事が増えているわけです。
自慢じゃありませんが、私はプロフェッショナル用の字幕制作ソフトウェア(SSTというのだそうです。これも高価です。…らしいです)を触ったこともありません。
でも、これもCATツールがクラウドベースになってフリーランサーがライセンスを買わないでもよくなりそうなのと同様のことが近いうちに起こると予想しています。
どういうことかというと、ビデオ(動画)を制作しそれに字幕をつけるという業務が映画・TV業界にだけ閉ざされて温存された特権ではなくなるということです。
SSTを勉強しないでも、SSTのライセンスを買わないでも、ビデオ字幕の仕事ができる日がくるかもしれません。
クラウドの普及、ビデオ撮影・編集がアマチュアにも開放される、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで対面での業務の必然性必要性が疑われる、こうした破壊的な変化のおかげで既得権益が破壊されるということです。 ワクワクしてきますね。 私は既得権益層ではないので、自由にワクワクさせてもらいます。
実は、私はAegisubの経験が10年くらいはあります。 たしかにSSTなどのプロフェッショナル用の環境は触ったことさえありませんが、Aegisubを使っても良いのであればタイミング、タイプセッティング、翻訳、ひとりでできますよ。
運が良ければ事業を拡大できるかもしれない、と思っています。
ちなみに、これがAegisubのスクリーンです。

今にMicrosoft OfficeもSaaSになってフリーランサーがライセンスを買わないでも仕事ができるようになればいいな、と妄想しています。あるいは、みんなで一斉にLibreOfficeかGoogleドキュメントを使ったっていいじゃないですか。目的は達成できるのだから。Microsoftの既得権益が破壊される日が来ればいいと夢見ています。